「湯布院・玉の湯」といえば、日本の温泉宿の最高峰です。
。高まる期待を胸に四月中旬、大分空港に降り立ち、湯布院直行バスとタクシーを乗り継ぎ、宿に向かいました。
日曜日ということもあって、通りはものすごい賑わい。この雑踏を抜けると静寂に包まれた別世界が…。と夢を膨らませていると、タクシーが止まったのはその雑踏のど真ん中。
ちょっと運転手さん、ここじゃないから! と言いかけた瞬間、黒山の人だかりの中から作務衣姿の女性があらわれて私たちの名前を呼び、荷物を受け取ってくれました。狐につままれたような思いで、カフェとショップの奥にある宿泊客専用の入り口に入りました。
すると奥には確かに、雑誌で見慣れたあの素敵な中庭と談話室が!
よかった、「玉の湯」違いじゃなかった…
さすがに宿泊客専用スペースは通りの喧騒は消え、静かでしっとりしたいい雰囲気だわ。
ソファに体を沈めてうっとり…。
しようとした私の目に入ったのは、入り口に群がってこちらをぎらぎら見つめている観光客の群れ。
中にはカメラでパチパチこちらを撮影している人も。
いろんな宿に泊まりましたが、滞在客を平気で見世物にする宿は初めてです。案内スタッフの、まるで気にしてない様子の笑顔に、さらに心が凍りつきます…。
落ち着け、私。そうよ、この野趣あふれる庭を眺めて心をなごませるのよ。
と中庭を見ると、今度は離れに到着したばかりらしい初老の宿泊客が、ステテコ一枚でくつろいでいるのがばっちり見えました…。
(以後この部屋は、私たち夫婦の間では「ステテコの間」と呼ばれます。「ねえ、あの部屋、ステテコの間じゃない?」「違うよ、ステテコはこっち」)
同様の経験は、大浴場でもありました。ゆったり内湯に浸かっていると、カメラを下げたスーツ姿の観光客の女性が3人、ずけずけと入ってきたのです! 「あら、中はこうなっているのね」「これならパパを連れて来られるわ」彼女たちは、露天風呂まで入念にチェックを済ませ、出て行きました。この大浴場は、観光客でごったがえすショップやカフェ用のトイレ正面。上品な「立ち入り禁止」看板くらいでは危ないとは薄々感じていたのですが、予感的中です…。
ぐったり気疲れして露天風呂コーナーに移ります。
遠くに見える由布岳は、心が洗われるような雄姿です。電線と電柱が邪魔してなければ(泣)。
部屋に戻ると、夫もぼやいていました。
「男湯は壁一枚向こうが道なんじゃないかな。歩いている人の会話がはっきり聞こえてきた」
雑誌では「広大な敷地に恵まれた…」とか書いてあるじゃないですか。
だったらなぜ、宿泊棟を観光客でごったがえす通りや売店から、もう少し離してくれないのでしょう…。
売店も観光客でいっぱいで、宿の浴衣に羽織だと浮いて見えます…。なんか、万事に観光客へのPR、サービスのほうが優先されている気がしてしまうのは、被害妄想でしょうか。
さらに翌朝、朝食後に部屋でゆっくりしていると、フロントから「清掃に入れる時間を教えて」という内線が。
そして約束の時間ちょうどにまたフロントから催促の電話。追い立てられるように戸を開けると、そこには掃除道具を手にした数人のオバちゃんたちが待ち構えていました。
宿泊客に舞台裏を見せないフォーシーズンズ椿山荘を、懐かしく思い出すばかり…。(お掃除スタッフの女性たちはニコニコ控えめにはにかみながら待っていたので、申し訳ない気持ちになり、「すみません、お待たせしました…」と平謝りしましたが)。
これだけだったら「二度と行くか!」と決心するだけです。
しかし「さすが玉の湯」と思わせられる点も多々あったから、思いは複雑なのです。
案内されたお部屋は、炬燵のある広い和室に明るいサンルーム、落ち着いたベッドルームに分かれ、およそ旅館らしくない新鮮な間取り。まるで個人の別荘に招かれたようなのびのびした快適さがありました。
もうひとつ嬉しかったのは、部屋風呂のタオルのストックの多さと、質。これまで泊まったどの旅館のタオルより厚くて柔らかく、さすがと思いました。それがまるで大浴場のように、種類別に積み上げられているのです。滞在中、一回でも多くお風呂に入りたいタイプの私は、部屋のお風呂でも毎回惜しげなく新しいタオルを使えるこの心配りには感激。
アメニティもオリジナルでしょうか、派手さはないけれど、カモミールのやさしい香りに気持ちよく癒されて、何度も体を洗ってしまいました。
また食事の給仕のスタッフの方がすばらしく、食事の内容と合わせ技で好感度急アップ。総じてスタッフは、素朴で親切でした。
期待が大きすぎたせいか、いろいろと疑問に思う部分が多かった宿ではありましたが、時々思い出してはまた行きたくなる宿でもあります。
でも今度行くなら、シーズンオフの平日にします…。
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